温泉旅館の仕事
大平温泉 滝見屋
若女将 安部 里美さん

●41歳(2020年9月時点) ●米沢市出身 ●米沢興譲館高等学校/新潟大学 教育人間科学部 卒


仕事も、趣味も、特技も
掛け算のような広がりと
「目的」の本質に出会える街で

インタビュー


 創業111年の秘湯「大平温泉 滝見屋」の5代目を受け継ぐ、若女将安部里美さん。日々壮大な自然と向き合いながら、癒しを求め訪れるお客様を温かくおもてなししています。時代が急激に変化する中、この場所を守り伝える、その想いを伺いました。

日常から解き放たれ
大自然に心癒やされるお宿

 大平温泉 滝見屋は、山形県の母なる川・最上川の源流「火焔の滝」を望む場所に位置し、その歴史の中には上杉藩のお殿様も夏の滝を見ながら水浴びに訪れたという記録も残っているそうです。
 山道を登り駐車場に車を止めたなら、20分ほど坂道を歩いて、つり橋を渡って宿へ到着。山々の自然と最上川の流れる音を体感する露天風呂に、滝を眺めながら入る内風呂は、お客様の求める癒しのポイントです。また旅館は国立公園内にあり、電波を受信しない区域。「お客様には日常から解き放たれ過ごしていただきます。私たちは限られた環境で、安全そして快適に、心潤すお時間を提供できるよう日々勤めております」。


次へ繋ぐ決意

 旅館を営む家の4女として生まれた安部さん。もともと旅館を継ぐことは想定していなかったそうです。大学在学中に家族を亡くし、急遽母が女将として経営を仕切ることになり、姉妹それぞれができることを考え、安部さんは休学し旅館を手伝うことを決断。大学では音楽を専攻し、経営やサービスへの学びはなく、実務をこなしながら今後の進路について考えるようになったそうです。
 「お帰りなさい」「お変わりありませんか?」「いってらっしゃい」。滝見屋で交わされるお客様との会話には、家庭的な温かさがありました。毎年決まって利用される常連さんも多く、お土産を準備して来られる方も。「当館は簡単にアクセスできない、自然の中にあります。そのため天気が急変すれば非常に危険なことも。米沢には昔から吾妻山を起点にした山岳系の秘湯が多く残っており、それぞれお寺を慕うように人々に守り継がれてきました。こういった環境で存続し続けられていることはまさに奇跡なのです」。

想いをチャンスに
目的の本質に辿り着く方法

 安部さんの朝は6時前、露天風呂で体を起こしながらのマインドフルネスから始まります。その後朝のミーティングを終えると、朝食づくりからお客様への提供、お見送り、その日のお客様のお迎えから夕食の提供まで、自身の業務が終わるのは夜の10時を過ぎることも。そんな「寝たら朝」の追われるような日々もありながら、冬期間は厚雪に覆われるため宿はお休みとなります。
 旅館を手伝い始めたばかりの頃、自宅の雪かきをしながら「この時間も有効に使いたい」と思ったそうです。そして宿の観光パンフレットを届けた先で、山形県の観光PRのため台湾へ行く機会を得ると、さらに台湾でホテルを営む方とご縁があり、ホテルのフロントで働くことに。それまで冬期間にオーストラリアに行っていた経験があり、最小限の英語の知識を培っていたという安部さんですが、そこから中国語と台湾語の勉強も始めました。「様々な国の方と一緒に働きながら経験を積みました。そこで感じたのは、言葉以外のコミュニケーションの重要性です。子どもの頃からやっていた日本舞踊や、音楽、ダンスのスキルが力になりました」。その後、日本の様々な地域の台湾プロモーションを担当したり、台湾向けの観光情報誌を編集するなど多方面で活躍しています。
 今も仕事の傍ら、日本舞踊やダンス、合唱団の伴奏や、ピアノの演奏などを続けています。「米沢は仕事を持ちながら、趣味や特技も活かせる、掛け算のようなことが可能な街だと思うのです。業種には汎用性があり同じように仕事ができますが、人との関わりの中で自分の目的さえ持っていれば、自然に繋がって、都会よりも早く本物や本質に出会える確立が高いと思うのです」。

これからの観光のあり方と
宿が果たす役割

 新型コロナウイルスの影響を受け、初めての営業自粛と穏やかなゴールデンウィークを過ごしたという滝見屋。安部さんは、改めて宿の強みやオリジナリティについて考えるきっかけになったと言います。「コロナ禍はすぐに終わるものではありません。観光の定義は変わっていくでしょう。ではお客さまに癒しの空間を提供するために、何を残し、何を諦めなければいけないのか。旅館の付加価値を高めるには?どこに重きを置くのか?じっくり考える良い機会となりました」。そして、変わらず地域の文化を発信する広報の役目を果たしながら、お客様を想像し、宿を想像し、ご縁のある全ての人との関係性に気が付いたそうです。「宿を残したいと思っているのは私だけではありません。成長したいと思えば思うほど、近い人間関係を深めることが大切だなと感じました」。
 安部さんは結婚され、仙台にある住まいと米沢を行き来しています。「これまでは交流人口が重要視されていましたが、これからは関係人口ではないでしょうか。米沢は伊達政宗が生まれ育った場所で、仙台にも米沢と繋がる文化がまだ残っているのです。台湾と日本の架け橋をしていましたが、今度は米沢と仙台との繋がりも開拓してみたいですね」。


スモール、スロー、シンプル
この場所でベストを尽くすために

 米沢には東北、日本を代表する特異な温泉文化があり、個性豊かな8つの温泉が湧いています。「もっと地域の方にそのすばらしさを知ってもらえたら」と安部さん。「普通の企業ならば、3年や5年、10年と先の計画を立てるのかもしれません。しかし私たちの温泉は明日大雨で流されてしまうかもしれないという危険と隣り合わせ。生かされていることを忘れず、大きく事業を伸ばすのではなく、いかに本質を磨き上げ、シンプルにこの場所でベストを尽くしたいと願っています」。

わわわQ&A①
~働く仲間と広がる仕事~

安部さんはどんなスタッフの皆さんとお仕事をしていますか?

 幅広い知識が求められる当宿には、第一線の仕事がひと段落した、経験豊富な60代、70代の先輩方がおり、日々私をサポートしてくれています。宿は国立公園内にあり、その年齢でハツラツと歩き働いてくださる姿に、私もそうなりたいと願うばかりです。皆さんは家庭に戻ると畑仕事や趣味も充実しており、人生100年時代のパイオニアたちは、関わる若い世代の刺激になっています。

スタッフの皆さんに質問です。
若女将の安部さんはどんな人ですか?

 「さとちゃん」は私たちの娘のような存在です。家族のように親しく、良いことも悪いこともしっかり話合える職場になっています。努力するその姿を見て、力になりたいといつも思っています。

わわわQ&A②
~米沢から膨らむわわわな気持ち~

これからについて考える、若者へメッセージをお願いします。

 「答え」は意外にも身近なところや、自分の中に落ちているのではないでしょうか。まずは自分と向き合い、自分を活かしてくれている身近な存在に気付き、感謝し、心を開くこと。時にそれが怖いとも感じてしまいますが、力を抜いて積極的な受け身になるのも大切で、それによって望みがあっさり叶うことも。
 「新しい挑戦がしたい」「新しい一歩を踏み出したい」と思っているなら、フィット感がある米沢の街には、実現のために一緒に悩んでくれる先輩がたくさんいます。私もそんな先輩でありたいと思います。まずは恐れずに新しい扉を拓いてください。

【企業情報】

大平温泉 滝見屋

992-1461 米沢市李山12127
TEL 0238-38-3360
FAX 0238-38-4278

【事業内容】

  • 温泉旅館の運営

webサイト


※撮影時のみマスクを外していただきました。
 普段は新型コロナウイルス感染症対策を万全にして業務をされています。